午前二時の回覧板

あらすじ

管理人代理をしている沙耶は、古い集合住宅の廊下で、存在しない二〇三号室の回覧板を見つける。
そこには三十年前に住んでいた人々の名前と、今夜の「帰宅時刻」が記されていた。

友人の由奈と話す間にも、空欄だった時刻は一人ずつ埋まっていく。
最後に残った名前は、火事の日に住人を救い、そのまま帰らなかった沙耶の祖父だった。

沙耶
沙耶

由奈、起きてる?

由奈
由奈

起きてるよ。
見回り、まだ終わらないの?

沙耶
沙耶

終わったんだけど、
三階の廊下に変な回覧板がある。

由奈
由奈

回覧板?
今どき珍しいね。

沙耶
沙耶

でも、掛かってる場所が二〇三号室なの。

由奈
由奈

そこ、物置じゃなかった?

沙耶
沙耶

ううん。
この建物に二〇三号室はない。

由奈
由奈

え、どういうこと?

沙耶
沙耶

二〇二の隣は階段。
なのに今、扉まである。

由奈
由奈

近づかないほうがいいよ。
管理会社に電話して。

沙耶
沙耶

つながらない。
回覧板に住人の名前が並んでる。

由奈
由奈

今の住人?

沙耶
沙耶

知らない名前ばかり。
横に「帰宅時刻」って欄がある。

由奈
由奈

空欄なの?

沙耶
沙耶

さっきまで空欄だった。
今、一人目に「一時三十二分」って入った。

由奈
由奈

今の時間じゃん。

沙耶
沙耶

廊下の奥で足音がした。
でも、誰も歩いてこない。

由奈
由奈

部屋に戻って鍵かけて。

沙耶
沙耶

名簿の下に「管理人 志村冬一」。
この建物の前にあったアパートの管理人で、私のおじいちゃん。

由奈
由奈

前の建物って?

沙耶
沙耶

三十年前、火事で焼けたの。
おじいちゃんは住人を起こして回った。

由奈
由奈

じゃあ、この名簿の人たちは……

沙耶
沙耶

全員助かった。
でも、おじいちゃんだけ戻らなかった。

由奈
由奈

回覧板、今どうなってる?

沙耶
沙耶

住人全員の時刻が埋まった。
おじいちゃんのところだけ空欄。

由奈
由奈

沙耶、もう見なくていい。
部屋に戻ろう。

沙耶
沙耶

二〇三号室の中から、
「これで全員だ」って声がした。

由奈
由奈

扉は?

沙耶
沙耶

消えた。
回覧板には「管理人 二時ちょうど」。
その下に「代理・沙耶 見届け済み」って。